女性外科医からのメッセージ

浅井 雅子Masako ASAI
出身:佐賀県
2004年 佐賀医科大学 医学部 卒業
2006年 入局
私が入局した約20年前は、女性入局者は私を含めてまだ7人でした。それでも「外科に女医は必要ない」という風潮があった旧時代と比べて門戸は開かれていたため、外科志望の私は快く迎え入れていただき、その後も精神的にも体力的にも技術面でも厳しくも優しい指導を受けて育ちました。
医師としての転機の1つは鏡視下手術との出会いでした。今でこそ広く一般に受け入れられ標準的治療となり、さらに手術方法はロボット支援手術へと発展していますが、当時はまだ先進的な技術でした。腹腔鏡/胸腔鏡による視点の違い(開腹手術より目線が低くなります)・拡大視・角度を変えてのぞき込む機能などにより開腹手術で見えなかったものが見える,力をさほど入れずとも適度な緊張をかけると組織が切れる・剥がれる,細かな手術道具で繊細な手術操作を要する、そのいずれもが自分の適性と合っていると実感しました。それからは上手な先生方の技を目で見て・話を聞いて・実際やってみて習得しました。手術だけでなく薬物療法も日々進歩し、新しい薬・副作用・管理法と興味も尽きず勉強することはたくさんあり、そうしているうちに医師人生の約半分は早々に過ぎてしまいました。
次の転機が訪れたのは、「こどもを産み育てる」というライフイベントでした。臨床が楽しく没頭していたため結婚は遅く33歳で、しっかり現代社会を反映して晩婚でした。出産は1人目が37歳で3人目が43歳のときでしたので、いずれも高齢出産にあたります。
ですので、少しでも体力を温存するために無痛分娩(硬膜外麻酔を使用しての分娩)を選択しました。職場復帰に関しても、産後数ヶ月での臨床業務への復帰は難しいと予測されたことと、年度切り替えのタイミングでしかこどもが保育園(こども園)になかなか入れない「保活」事情がありましたので、職場からのサポートもいただき育児休業は1年前後しっかりといただいた後に復帰しました。
手術中の光景
夫の職業柄、こどもの送迎や有事の対応はほぼ全て私の担当となります。基本的に夫婦以外に頼るのは保育園や小学校に併設されている学童保育ですので、育児パートナーとなる保育園は十分な検討を重ねて選びましたし、信頼に応えてくださる保育園職員の方々への感謝の念は絶えません。と同時に、職場の外科チームの先生方にもいつもサポートいただき、協力体制にも本当に感謝しています。
核家族化が進んでしまっているので、子育て・親の介護・自身や家族のケガや病気・災害など、男女関わらず誰しもが、いつ何時これまで出来ていた仕事がこれまで通りできなくなる状況に陥ってもおかしくありません。どういう状況・問題が生じてどのようなサポートが必要かをはっきりさせ、いつ第三者が関わることになっても患者さんに不利益が生じないよう、病状・今後の方針等が分かりやすいようなカルテ記載も心がけていますし、日頃からチーム内で情報共有をすること・信頼関係を築くことが重要だと考えています。働き方改革もありますので、夜間働き負担を担った医師が日勤帯に休息が取れるようにする、お互いの穴を埋め合うような組織を築きたいとも思っています。
第3子の入園式
外科医療を取り巻く環境も時代と共に変わってきています。お互いの情熱を高めあえる仲間となるべく楽しく仕事をできるよう努めていますので、外科に興味のある学生さん・研修医の方々、実際働いている現場を見てみたい、 女性外科医の立場/別の立場からの話も聞いてみたいなど思うことがあれば是非、当教室へご連絡下さい!